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インド

チェンナイ、カンチープラム、マハーバリプラム、ポンディシェリー

2006年8月

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの街角

 

インドの街角

 

インドの街角

 

インドの街角

 

インドの街角

 

インドの街角

インドの街角 WIDTH=

 

インドの街角

 

インドの街角

インドの街角

 

インドの街角

 

2年ぶりにインドを訪れました。前回は北インドでしたが、今回は南インドのチェンナイ(旧マドラス)付近の村を訪れています。インドといえば、暑い日差し に、辛いカレー、そしてどこに行っても週末の新宿アルタ前のような人混み。南インドもまさにそんな地でした。毎日、40℃を超える暑さ、10分おきに声を かけられるリキシャー(3輪タクシー)の運転手、唇に刺すような激辛カレーと戦い、夜は死んだように寝ていました。おそらく、そんなインドを1日体験した だけで、2度と来るかと思う人も多いかもしれません。でも、その刺激を耐え抜くとやがてインドの素顔が見え隠れし、インドの奥深さが見えてきます。短期間 の旅行とはいえ、これだけ考えさせられる国も珍しいんじゃないかと思います。 ここ南インドも家がなく路上で暮らす人々がたくさんいました。インドにはカーストという制度があります(実際には無くなったことになっているが根強く残っ ている)。その中でも「不可触民」という、インドに貴重な労働力を提供しているのにも関わらず、人間として扱われないような地位の低い方々が1億人もいる と言われています。私は、おそらくそういった方々を見かけたり、写真を撮ったりもしたと思うのですが、彼らは決して不幸そうではなく、むしろ生き生きして いる人が多かったように思えます。他の地位の仕事を奪うことは決してないし、言い換えれば、カースト制度とは同地位の方々の中で助け合って生きていくとい う制度でもあります。 昔の日本も士農工商があり、職業や地位を変えられない時代がありましたので、日本にもその制度が正しいという時代もあったんだと思います。一方、今の現代 社会の日本には自殺等の今までにないような新しい問題も多々発生していると思います。日本は金銭的に裕福だとされていますが、人生の幸せ度でいくと、世界 で90位くらいだそうです。ここ南インドでも前回の北インドと同様に、人生の幸せとは何なのかという質問を投げつけられました。でも、いくら考えても答え は出ませんが・・・。

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

インドの人々

 

インドの人々

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

インドの人々

 

これらは、インドの街角で見かけた人々を撮影したもので、とにかく「俺を撮ってくれ」攻撃が頻繁で、みんな良い笑顔をしてくれます。特に子供は、目がパチクリしてて可愛かったです。

 

海岸寺院

海岸寺院

 

乗馬

 

これらは、チェンナイの南の海岸沿いにある小さい村「マハーバリプラム」の海岸寺院で撮影したもの。この寺院は世界遺産に登録されている遺跡で、全体的に 角がとれて丸っこくなっている気がしました。これは、海風によって侵食されているのかなあと思いましたが、真相はわからずです。下の写真は近くの海岸で乗 馬をしたときの写真。200Rs(500円)で30分くらい乗りました。いわゆる観光客相手の乗馬です。でも、ラクダやゾウは乗ったことがあるのですが、 乗馬は初めてだったかも。スピードを出すとお尻が痛くなるとので、私はラクダの方が好きかもしれません。でも、海風が気持ちよかったです。 マハーバリプラムは、海沿いの小さな村ですが、チェンナイのような都会に疲れたときは、ここに訪れると良いと思います。海は近くて、村は小さくてのんびり していて、そこそこ観光客もいるので、カレー以外の料理もたくさん食べれます。もちろん、都市部より物価は安いです。この村は休暇をするところとしては最 適なところだなあと思いました。今回の旅行で最も長く滞在した村はここです。 左上の写真は、インドで知り合った日本人の方と一緒に撮影したもの。この前に行っていた村で知り合って、結局2、3日は一緒に過ごしました。インドにいな がら日本人とインド話が共有できてとても楽しかったです。一人旅はこういった出会いがたくさんあって面白いものです。

 

アルジュナの苦行

 

アルジュナの苦行

 

クリシュナのバターボール

 

アルジュナの苦行

これらは、マハーバリプラムのもう一つの見所「アルジュナの苦行」。ここは、ガンガーがこの世に降りてきたときの物語をレリーフにしてい るようです。巨大な岩に、壮大な彫刻が施され、こういった岩山がいたるところにあり迫力があります。右下の写真のゾウは等身大らしいので、いかに大きい彫 刻かお分かりかと思います。左下の写真は「クリシュナのバターボール」と言われる岩で、遠い昔にゾウを使って動かそうとしたが動かなかったためそのままに しているようです。岩の左下で私が押しているのが見えますが、これからもこの岩の巨大さがわかるかと思います。とにかく不思議な岩なんです。

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

サイクリング中の出来事

 

これらは、村から16km離れたコブラ・ワニ園にレンタサイクルで行った時の写真です。これが、死にそうにつらっかった。なんせ40℃を 超える炎天下で、もともと自転車なんて乗らないし。しかもレンタサイクルのサドルがとんがってて、おしりがさけそうになったし。でも、辛かった分、無事に 帰ってきたときの満足感は忘れられません。 自転車を漕いでいると、右上の写真の看板を見つけました。看板には、「TSUNAMI RELIFE PROJECT」と書いてあります。ここはスマトラ沖地震で被害を受けたところだったことを思い出しました。早速海の方に行くと、よくテレビで見ていた光 景が入ってきました。破壊された家、というよりむしろ粉々になったレンガのようなものが散りばめられていて、3段目左の写真では、大きな木が根っこからも ぎ取られていて横たわっています。あの光景には驚きました。津波の威力もそうですが、未だに復旧が出来ていないこともです。我々にとっては忘れかけている 出来事ですが、現地では未だに被災民の方々が必死に復旧活動を行っているんです。3段目の右は家を失ってテントを張って暮らしている人々です。海岸沿いに はこんな風景がずっとつながっています。 ちょっとしたサイクリングでしたが、サイクリングだからこそ発見できたこと。あの出来事を忘れてはいけないと強く感じた一日でした。 最下段右の写真は、ガソリンスタンドで休憩しているところ。自転車でここに入るとは思いもしませんでしたが、暑くて日陰がないので、ここが最適な空間でし た。ここで息を吹き返し、ラストスパートをかけました。

 

ライムジュース

ライムジュース

 

32kmサイクリングを終えた後に飲んだライムジュース。生のライムに砂糖を入れただけの飲み物でしたが、死にかけた体に息を吹き込んでくれました。

 

マハーバリプラムの孤児院

 

マハーバリプラムの孤児院

 

マハーバリプラムの孤児院

マハーバリプラムの孤児院

 

ここは、マハーバリプラムにある孤児院です。津波の影響をこの目で見てきた日だったので、訪れなくちゃいけないところだと思い、勇気をふりしぼって入って みました。やはり、津波で両親を失った子供もいるようです。小さな学校のようで、学校の中では元気に子供が走り回っていましたので、私的にはほっとした気 持ちになりました。この子供達の過去を考えてしまうと私も普通に接することができなくなるので、純粋に子供と遊ぶことに徹底しました。でも、ほんとに明る い子供ばっかりだったので、そういった不安要素はなくなっていきました。右下は一日のスケジュールです。結構いろいろなイベントがあり驚きました。

 

ポンディシェリー

 

ポンディシェリー

 

ポンディシェリー

 

ポンディシェリー

ポンディシェリー

 

これらは、マハーバリプラムからさらに南下したところにあるポンディシェリーという街。写真を見ているとここはヨーロッパ?と錯覚してしまいますが、ばり ばり南インドです。というのも1954年まで250年間フランスの植民地だったところで、整然とした町並みは他のインドと全く異なります。ただ、面白いの がフランスコロニーは海沿い付近だけで、そこから内陸に行くと一気にインド色になります。あの差には驚きました。下の写真はガンディー像です。ここに来て 初めて美味しいアイスが食べれたので、アイス休憩をたくさんしてしまいました。

 

フランス料理

フランス料理

 

フランス料理

 

フランス料理

 

ポンディシェリーに来た目的はただひとつ、最高級のレストランでフランス料理を食べること。 この地に着いたら早速、フランス料理が食べれる最高級のレストランがどこか5人にヒアリング。5人中3人が「PROMENADE」というレストランだと言 うのでここだと信じ、今回の旅で持ってきている最高のよそ行きの服装に着替えて(Tシャツじゃなくて、ポロシャツを着用。ただし、半ズボンに靴下無し)い ざ、入店。やはり最高級だけあって、入り口にガードマンが立っていました。クーラーもがんがん効いてて、テーブルにはワイングラスがおいてありました。  早速店員が「ワインはいかがででしょうか?」と言ってくれたのですが、お酒が飲めない私は「水をお願いします」と返答。ほんとに格好悪いな俺はと思いな がらも、その分、一番高い料理を頼みました。フランスパンに、フランス風オニオンスープ、コンビネーションサラダ、グリルドテンダーロインステーキを注 文。食後に店員さんが「ティーかコーヒーはいかがですか??」といわれて、普段は、食後にティーなんて頼まないタイプなのですが、断ったら格好悪いなと思 いつい頼んじゃいました。いろいろ注文しましたが、実は全部で900円程度。物価の安いところで、普段食べないような料理を食べるのは結構お得なんです。

 

チェンナイの遊園地

チェンナイの遊園地

 

チェンナイの遊園地

 

チェンナイの遊園地

 

チェンナイの遊園地

 

チェンナイの遊園地

チェンナイの遊園地

 

チェンナイの遊園地

これらはチェンナイの近くにある遊園地で撮影したもの。私はアジア系遊園地愛好家であり、これは昔の日本のデパートにおいてあるような乗り物がたくさんあ り、日本では安全上問題ありそうなアトラクションもたくさんあるからです。はまったきっかけはミャンマーの遊園地を訪れた時で、ぐるぐる回転するアトラク ション(頂上ではまっさかさまになる)で、まともに安全ベルトを絞めずに運転を開始したので、頂上では手や足でいろんなところに突っ張りながら乗った記憶 があります。そんなアバウトさにひかれ、アジアで遊園地があれば欠かさず入園するようにしています。 ここは「MGM DIZZEE WORLD」といって、名前からも怪しさ満点。名前からもアメリカのディズニーワールドを思い浮かべてしまうかと思いますが、ミッキー風?の絵がたくさん 書いてあったり、ウェスタン村(最下段右写真)みたいな一角もありました。ポップコーンも売っていてまさにデパートの上のミニディズニーランドみたいなや つです。アトアクションは一通りそろっていて、私もいくつか乗りました。アバウトなのが、アトアクションによっては安全ベルトを自分で締めて、店員さんが 全く確認せず出発してしまうこと。日本では考えられないようなことですが、そんなアバウトさが好き。あるアトラクションでは、インド人の中学生の集団と乗 ることになり、テンションが高い集団だったので、アトラクション中に「私を撮って」攻撃が炸裂。ただでさえ、安全ベルトがゆるゆるなので、両手を使って つっぱっていたのに・・・。あまりにもしつこいので、それからは記念撮影(二段目右写真)に徹しました。アトラクションが終わったらみんなで記念撮影をし てその場を後にしました。 入園料は破格の400Rs(1000円)。確かに裕福そうな子供ばっかりだった気がします。また、中にはゲームセンターみたいな空間もあり、ほとんど日本 のセガ、ナムコの昔のゲーム機ばっかり。久しぶりに見たゲーム機ばっかりなのでじっくり覗いてしまいました。

 

コブラ・ヘビ園

 

コブラ・ヘビ園

 

コブラ・ヘビ園

 

コブラ・ヘビ園

上方の日記で32kmのサイクリングに行った話を載せていますが、サイクリングの目的はヘビ・ワニ園に行くことでした。日本でコブラを見たことがなかった ので、どうしても見たかったのです。下段左写真はコブラなど、猛毒なヘビが入っている壷です。なんだか不気味です。下段右写真は、推測ですが噛まれてから 亡くなるまでの時間を意味しているのだと思います。一番上はコブラで、4時間で死に至ります。そんなコブラを手掴みで操るヘビ使いはたくましいです。 上段ではコブラの顔の前後の写真を載せていますが、よく見ると後ろにも目みたいな模様がついています。敵にすきを見せないためなんですかね。また、コブラ は威嚇するとき「シュー」っと音を出します。基本は自分からは攻めることはなく、攻撃されたら威嚇し返すので意外と受身なんだなあとびっくりしました。

 

インド料理

 

インド料理

 

インド料理

 

インド料理

 

インド料理

 

インド料理

 

インド料理

 

インド料理

 

カレーの七変化ではありませんが、とにかく外国人が入らないようなお店にはカレーしかありません。でも、カレーという言葉はなく、いろんな名前がついてい ます。カレーに飽きたころ、期待を込めて、カレーを想像しないような食べ物も注文してもこれらの写真のように、出てくる食べ物の差は主食がライスなのかパ ン生地なのか程度である。3段目右写真は南インド特有で、お皿としてバナナリーフを用います。インドはお客さんが満足いくまでご飯をつぐのが普通なので、 油断していると次々につがれるので、毎回食べすぎていたような気がします。最下段左は、食後の口ならしに食べるもの。私はいつも3つのうち右のものを食べ ていました。歯磨き粉みたいな味です。またインドは手で食べるので、最後に最下段右写真のように手を洗う水が入った容器が出てくることもあります。だいた い一食15Rs〜30Rs(37円〜75円)程度です。

 

インド料理

 

インド料理

旅の最終日、空港がある都市チェンナイで最高級のインド料理を食べようと、五つ星のタージ・コロマンデルホテルにある、サザン・スパイスというお店に入り ました。最高級だけあって、値段も跳ね上がります。その中でも最高級のものを頼み、一食2500円くらいしました。このレベルまでくると、外国人がたくさ ん訪れるので辛さはおさえ目だったと思います。ここでは食べ方、食べる順番を聞きながらゆっくり食べました。最終日なのに、こんな風に食べ方をするんだと 初めて知ることばかり。実は、今まで食べる順番も知らず、適当な食べ方で食べていたことがわかりました。

 

日本料理

 

日本料理

 

これらは、日本食レストラン「ダリア」で撮影したもの。最終日の夜は、街に日本食レストランがあれば行くようにしています。というのも、いろいろな国の事 情で、日本食がいろんな風にアレンジされていて面白いからです。でも、ここは刺し身や各種定職、お寿司など種類の豊富さにびっくりました。私は天ぷら定職 400Rs(1000円)を食べたのですが、日本米のご飯に、漬物、お通しなど日本で食べれるものとほとんど変わらなかったような気がします。変わった日 本食を食べたい私にはちょっと物足りなかったかもしれません。

 

ゲストハウス

 

ゲストハウス

 

ここは、ポンディシェリーで泊まったゲストハウス。クーラー無しで200Rs(500円)でした。ゲストハウスではありますが、他の部屋 は中級レベルのものまであるので造りは立派な建物。海沿いだったので眺めも良かったです。クーラーがないため、窓は開けっ放しで寝ますので、右写真のよう に蚊帳を装備して寝ます。ちょうど、この日の昼に風邪を引き、しかも高熱を出しました。たまたまこの日は水を余分に買っていなく、夜中に高熱で喉が渇いて 寝れなかったのですが、水が50ccくらいしかなかったので、辛かったです。ホテルの人に助けを求めると、水はあそこにあるよ水道の方を指すが、おそらく 飲むと下痢になるし。ホテルを出ても自販もないし。初めて自販の便利さを知りました。この日の夜中は何回もうがいをして耐えました。結局少しずつ水道水を 飲んでいたんだと思います(意外といけるのかも?)。

 

服屋

 

服屋

 

ティルカリクンドラムという村の洋服屋さんです。右が女性用のサリー屋さん、左がジーンズ屋さんなんでしょうか。インド映画に出てきそうな俳優の絵が描いてあります。

 

映画撮影?

映画撮影?

 

ポンディシェリーで、タミル映画(?)の撮影をやっていたので、近くに行くと、早速要注意人物にされ、撮ってもいないのに「写真を撮らないように」と忠告される。でも、ばっちり撮っておきました。主役の女優は背も高くモデルみたいでした。

 

お酒屋さん

 

インドはお酒が飲める国ではありません。ただ絶対飲んでは駄目というわけでもありません。お酒はどこでも売っているわけではありませんが、だいたい写真のようなワインショップと書かれた看板があるお店に売っています。おそらく高級なんじゃないかと思います。

 

塩

 

村の郊外を車で走っていると、塩の山を見つけました。風が吹くと塩が飛んじゃうんじゃないのかなあと思いましたが、隣の塩の山にはシートみたいなものがかぶされていました。この山も後でかぶせるんでしょう。

 

サリー工場

 

ここはサリー工場。工場というより工房っていったところでしょうか。ここでは、今でも原始的な製法で作っているようです。

 

東京ワールド

 

あるショッピングセンターで見かけたお店。東京ワールドってなんだろうと入ってみると、日本製品、特に電化製品ばっかり。インドの方から見ると日本は電化製品の国なんですかね。

 

ん?

 

ネパールやスリランカでもそうでしたが、ここインドでも男性同士が手をつないでいる光景をたまに見ます。変な意味ではなく、単なる仲が良いという意味です。

 

ん?

 

さすが、ITの国?。ソフトのCDまで自販で売っていました。

 

独立記念日

 

8月15日は、インドの独立記念日。街では国旗の厚紙を胸に着けている人が多かったです。この日の挨拶は、「Happy independence day」が多かったです。テロも警戒されていたので村中にはアーミーがたくさんいました。

 

ん?

 

アジアのカレンダーでは、曜日と週が逆になっていることもあります。どっちがグローバルなカレンダーなんだろう・・・。

 

アディダスショップ

 

プーマショップ

お土産

 

ここ南インドにも、私の好きなスポーショップがありました。アディダスに、プーマに、ナイキに・・・。一通り揃っていた様な気がします。 質的には日本で買ったものとほとんど変わらないのに安いので、今回も大量に買ってしまいました。だいたいポロシャツ一枚1200円くらいです。でも、笑っ たのが、アディダスショップでサイズを選ぼうとLとMの2種類試着したのですが、Mの方が大きかったのです。聞いたら値札の付け間違いとのこと。このアバ ウトさが好きです。でも逆に、買うときはちゃんと試着することをお勧めします。

 

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